ハナヤーノーツ

自分のライナーノーツ

頭に思い浮かんだことを書いてる
自分用のメモ&日記

友達少なくても好きなこと仕事にして生きられる

独立して6年。ありがたいことに仕事を頂けてて家族4人で過ごせてる。この6年の中でかなり意図的に仕事と遊びの境を無くすようにしてきた。遊びというと語弊があるけど、ようするに好きの延長上にあり苦じゃないことを仕事にしてる。独立当初は下請けでいろいろと苦しんだりもしたから、途中からやりたくない仕事を断ったりした。僕はずいぶん自分勝手な人間だけど、まあ自分の人生だから勝手にやってる。

 

その中で僕は「仕事のパートナーやお客さんとも仲良くなれば、仕事とプライベートの境も無くなってもっと楽しいかも!」と思った時期があった。ものすごくざっくり言えば、友達とともに仕事をし、お客さんとも友達のように仲良く切磋琢磨するイメージだ。実際にそういうやり方をうまくやってるフリーランスの知人も数人いたし、そういう人たちはキラキラ輝いて楽しく稼いでるように見えた。好きなことを仕事にするにはこういう人たちはみたいに沢山の友達とキラキラ感がないとダメなのかとさえ思っていた。

 

でも僕にそのやり方は向いていないと気がついた。もともと1人で作業することが好きで、あまり他人に干渉されず好きなように生きたいと思うタイプ。一匹狼、、なんてかっこいいものじゃなく野良犬のような感じ。生きるために適度に繋がりつつ適度に距離を保ち、好きにフラフラしてる、そういうズルさを持っていることに気がついた。

 

ただ、易きに流れやすくもあるため、仲良くなるほどに「ああいいよいいよ、タダでやるよ!」みたいな、曖昧なユルさを露呈しやすい。しかもかなりゆるくガバガバだ。これは自分が悪い。自分が悪いんだけど、どうもこれが治らない。治らない癖だからうまく付き合うしかない。振り返れば僕の面倒を毎日見てくれてたばあちゃんも「ええよええよ」と、他人の借金まで代わりに背負ってしまうお人よしだったな。

 

そこで僕は冷静に考えて見た。そんなに人と繋がらないと行けないのか?繋がり繋がりと頻繁に見かけるようになったし、仮面ライダーゴーストに至っては「心をつなぐ!」なんて言ってた。SNSで繋がりたくもない人と繋がり悩んでる人もまわりにたくさんいる。僕はそういう「嫌々だけど仕方なく付き合う」みたいなことができず、徐々にフェードアウトしてしまう。だから友達はかなり少ない。

 

僕だって人の子で、「なんだかみんな上手いことやってていいな。でも俺には出来ないんだよ…しんどいし嫌になって…友達少ないし、ほんと俺ダメだなあ」なんて落ち込むこともあった。友達が少ないのは人として価値がないのかも…なんて考えもよぎり、20代の頃なんてそういう自分を変えるためキラキラしたかったし、出来ない自分が嫌いだった。でも、もうすぐ34歳になる最近ようやく気がついた。「友達は少なくてもいいやん。それだけが価値じゃないやん」ということに。

 

僕は1人で仕事をすることが好きだ。そしてお金を稼ぐのも好き。遊ぶのだって1人でブラブラしたりしてまったく苦じゃない。

 

友達を増やしたいとも思わないし、薄い関係性の中でうわべのコミュニケーションなんて嫌いだ。というかそういう風に感じ取ってしまう癖が治らない。

 

向上心を持って自分を変えるために努力することも大切だと思うし好きだけど、どうにもならない癖や生まれもった性格に関してはうまく付き合うしかない。そんなだから僕は1人で完結できる仕事のやり方を追求しているし、お客さんとは適度な距離感を保つようにしてる。誰かと仕事をするときはアウトソーシングなんかのドライな仕組みが肌に合う。冷たい人間と思われようがどうだろうが、性格上仕方ない。

 

友達が少なく偏屈でも、自分の癖や性格を見極めうまく乗りこなせばどうにでもなる。僕は本当にそう思う。友達が少ないとかコミュニケーションが下手だからと卑屈にならず、人と比べずに前向きに生きてたら何かいいことがあるもんだ。そんな風に捉えることができるようになり、家族仲もすごくよくなった。

 

孤独には孤独の価値がある。森さんの本にはいつも助けられ気づきをもらえてて、価値観の似た人だと勝手にシンパシーを感じてる。 

孤独の価値

孤独の価値

 

 

 この本も気になるから積読してる

 

孤独論 逃げよ、生きよ

孤独論 逃げよ、生きよ

 

 

 

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